“信じる/信じない”という行動理念や判断基準は、宗教の領域。
徹底的に訓練を施された軍隊のパイロットと言えども感情/体調の起伏やプライベートライフを抱える生身の人間であり、
マヌーバー毎に想定されている手順を超過する操作を行えば、ブラックアウトや失速は簡単に起こり得る。
すべての行政任務/航空事業者において任務/オペレーションを監督する者の責務として「人間は必ずミスをする生身の生き物であり、機械はいつ何時にでも不意に壊れ得る物である」という前提で安全マージンを取る事が常に必要であり、
それらの安全への配慮や概念を想定していないのは、非科学的な精神論に支配された慢心その物。 これらの概念は“イロハのイ”。
この事故は部隊長に対して日本の国内法上の刑事責任が明確に生じ得る次元の“無意味な事故”だと思うが、
担当検事が航空工学や航空機のオペレーション、航空機の操縦に関して全くの素人だったから、同乗飛行で面を食らわせて、訴追の手を丸め込んだだけだと思う。
更に言えば、
「左翼対策を前提とする問題の早期沈静化を求める“幕僚側の政治的立場”」と
「自賛的で自己客観性を欠く慢心に満ちた“部隊内の自己保身的な、なれ合い裁量”」などの
複合的な要素/体質によって“現場に対して厳格な綱紀粛正が下されなかった”為に、
後の事故の連鎖へと繋がったんだと思う。
個人的な考えだが、地上への被害回避、乗客乗員の命に関する義務及び職責に関しては、
「非常脱出装置を持たない民間機のパイロットの方が、身を以てその責任を果たしてる」と思う。
(戦時中の戦闘機パイロット、及び、ホイスト作業を行う救助ヘリの乗員を除けば、
「事故れば必ず死ぬが、死の瞬間まで操縦桿を握り続けて、その責務を果たす」という前提で飛んでいるのは、
脱出装置などの保険装備が存在しない民間機のパイロットの方)。
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